田舎路線の電車の中に陽介と由は座っていました。

車窓からは一日が終わってゆく様子が見えます。


「ああ、陽介、あすこを見てよ、天使のはしごが見える。あの光の中に天使が居るんだって」


由が車窓の外の空を指差して言いました。

厚く重なり合った積層雲の隙間から光芒が覗いているのが見えます。


「なんだ薄明光線とかいうチンダル現象のことかい。大気中の細かな水の粒子に…」

「僕に科学を説かないでよ」

「科学者は身の回りの原理を全て説明出来ないといけないんだよ」

「じゃあ陽介は何でも説明出来るの」

「勿論、由の今つけてる水晶時計だって…水晶に電圧を…」

「僕に科学を説かないでったら」


得意の科学の解説を遮られて陽介は小さく溜息をつきました。

由ときたら科学の話になるといつもこうなのです。


「あすこは凄く透明感があって綺麗だ、水素よりも透き通ってというのはこんなふうなのかねえ」


その由が水素などと科学の言葉を使ったので陽介は驚いた顔をしました。


「水素よりも透き通って?なんだいそれは」

「賢治先生の表現だよ」

「宮沢賢治?銀河鉄道の夜位しか読んだことがないなあ」

「じゃあ陽介は冥界についてはどう思っているの」

「いきなり何だよ」

「銀河鉄道の夜ってそういう話だったと思って。ジョバンニが現実世界を離れて幻想第四次という異世界で冥界への入口を見るとかいう、
科学信者の陽介の好きでなさそうな話だよねえ」


陽介は何も言いません。

気がつけば車内にはもう二人しか居ませんでした。


「ジョバンニはね、真っ暗な冥界への入口だって怖くないって、そこに皆の本当の幸いを探しに行くって言うんだ。素敵な夢想家だよねえ」

「だから由は彼の真似をして自分の事を僕と言うのか」

陽介がそう言うと由は笑いました。


「陽介、僕たち一緒に行こうねえ…僕は皆の幸いなんて解らないけれど、僕の幸いは陽介と一緒に居ることだから」


そう言って握った陽介の手が暖かくて由はひどく安心したのでした。





***
君はカムパネルラじゃないよね
夢想家の僕を置いて、急に消えたりしないよね





  







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