体育教師がピストルを青空へ向けて構えるのが見えた。 少し間をあけて、弾丸みたいにアイツが走り出す。 アイツが見かけによらず走るのが得意だっていうのは、少し前までは俺だけが知ってた事だ。 アイツの金色のポニーテールが風に靡く。 その光景が、アイツが変わってしまったという実感を伴って俺の脳に突き刺さってくる。 何があったのか知らないが、幼い頃から一緒に成長してきたアイツは高校に入ってから突然髪を染めた。 しかもそれを伸ばしてポニーテールにしている。 そんなチャラい格好が何故かウケて、今じゃアイツは校内の人気者だ。 ちょっと前まで今の俺と同じような短い黒髪の地味な格好をしていた事なんて、誰も覚えてない。 相変わらずアイツの走りは綺麗だ。 まるでアイツの前だけ空気の壁がないみたいに思える。 勿論一等でゴールしたアイツは、すぐに俺の方を見て笑いかけてきた。 その笑顔に昔の面影を見つけて安堵したが、耳に付けているイヤリングの光に心臓が痒くなる感じがした。 元々臆病で引っ込みがちな奴だった。 臆病は今でも変わっていない。 アイツがピアスの穴を開けるのが怖くて、イヤリングをしているという事なんかわかってる。 怖いなら諦めろよ言ってやりたい。 正直、今のアイツは無理をしていると思う。 無理をしてまで変わりたかったのか…それを考えていると、焦燥感に捕われる。 俺は何も変わっていない。 アイツと世界が先へと進み、俺だけが取り残された。 俺はアイツから顔を逸らす。 俺を置いていくつもりなら、止まったままの俺の事を、いっそ嘲笑してくれればいいものを。 昔みたいに笑いかけてくるから、余計に変化が浮き彫りになり、悲しくなる。 見た目が変わっただけと思う奴もいるだろうけど、重要なのはそこじゃない。 アイツが自ら変わろうとして、今の姿を望んだ事だ。 アイツがどうして変わろうと思ったかなんて知らない。 ただ、昔みたいに俺の隣で笑う事を望んでいないのは事実だ。