ただ漠然と真夜中の公園を歩く。 そこの桜の木の糧になって溶けてしまいたいと衝動的に思い、桜の木の側にあるブランコに腰をかけた。 その数分後、足音が近づいて来る気配を感じてそちらに目を向けると、如何にもチーマーといった感じの男がこちらを睨んでいた。 「おいガキ、そこぁ俺の特等席だ」 怖そうな男にそう言われたら、謝ってそそくさと立ち去るのが普通だとは解っている… でも… 「そのヘッドフォン格好良いね、お兄さん」 男のしていたヘッドフォンのデザインに心を奪われ、ついそう言ってしまう。 デザインから受ける印象は光に溶かされる蛾。 まるで太陽に近づきすぎたイカロスの翼…俺には無い強い意志と、愚かさの象徴。 ヘッドフォンは男がデザインしたものだという。 自信作を評価され嬉しかったのか、男はもう片方のブランコに座り色々な事を話してきた。 男はこの辺の有名な不良チームのリーダーで、今夜は桜を見にここに来たそうだ。 俺とは全く別世界の人間… 「俺の家、所謂T大一家ってやつなんだ…先祖代々皆T大出身ってやつ」 だから俺はこの男に聞いて欲しいと思った…俺の居る世界では絶対に言えない弱音を… 「でもそれも俺でおしまい…俺だけ馬鹿なんだ…兄貴には、療育手帳貰ってこいなんて言われたよ…」 療育手帳とは、知的障害者に発行されている手帳だ…天才一族に俺の居場所はないのだとその時理解した。 男は俺を真剣に見つめて話を聞いてくれた。 「なあお前、俺のチームに来いよ。 喧嘩なら教えてやるし…趣味が合うからお前にはデザインの相談役になって欲しい」 太陽へ向かう翼が無い俺に、目の前で笑っている男は鱗をくれると言った。 後は俺に海へ飛び込む勇気があるかどうか… 「ま、今すぐ決めろとは言わねえよ…一週間後にまた来るぜ」 そう言って男は去って行く… 嗚呼、どうしたものか。 ただ解ったのは、例えばニライカナイを目指す生き方もあって…太陽だけが目的地なのではないという事だ。