『18:00 廃ビルの屋上から、カラスが飛び立つ』 アイツからそんなメールが来たのが17:46 上着一つ着ずに玄関を出て、自転車に跨がる。 何度も二人で歩いた道を疾走する。 過ぎ行く茜色の風景はまるで走馬灯のよう。 アイツは昔、こんなふうに茜色に染まった世界でこう言った。 「僕はね、死んだらカラスになって飛び立つんだ。僕みたいなくだらない奴らを見下して、思いっ切り笑ってやるつもり」 二人の秘密基地だった廃ビルの前に自転車を停め、ボロボロな非常階段を駆け上がる。 時計は確認していないが、間に合う筈だ…アイツは臆病だから。 屋上にはアイツと、カラスが数羽いて、アイツはフェンスに寄り掛かり、沈む夕日を見ていた。 「やっぱり来たんだね、理香ちゃん」 アイツはそう言ってこっちを向く。 笑顔。 カラスになって飛び立つと言った時と、何一つ変わらない。 「メール見た。何あれ」 「わかってる癖に…ねえ、僕が生きてる意味って何なんだと思う?」 「それは環が自分で決めるんじゃなかったの?」 環は首を横に振る。 「わからなくなった…人は常に生と死の境界線上に居る。一歩踏み出すだけで僕は死ぬ…なら僕がこちら側に踏み止まってる理 由は何なんだろう」 私は環の隣に移動する。 昔と変わらない黒と茜色の風景…カラスになったかのような錯覚に陥りそうになる展望。 「…深く考えなくてもいいんじゃない。境界線上に居るなら、生きてる意味をどう考えてたって、死ぬときには死ぬ…だから、こ うやって綺麗な夕日が見れるように祈りながら生きていけばいい」 私のより高い位置にある環の頭を撫でる。 環は臆病者だ。 一人でカラスになる気もないけれど、ただ生きて日々を過ごすことにも不安を感じている。 その不安をぶつけたくなってあのメールを書いた…それだけの事だ。 18:00 あのメールの文字通り、屋上に居たカラス達が飛び立つ。 私達は、何も言わずそれを見ていた…明日もこうやって夕日を見れるようにと祈りながら。