その男に会ったのは、月の綺麗な夜だった。 

「コンバンハ、お嬢さん。 
こんなところでどうしたのですか?ご両親は?」 

遊園地の入口にあるベンチに一人で俯いて座っていた私に、彼はそうやって声をかけてきた。 
シルクハットを被った黒いタキシード姿の青年だった。 
三日月型の目と、両端を吊り上げて笑う口が描かれた真っ白な仮面が、彼の素顔を隠していた。 

「…二人とも、ついこの間死んじゃった。 
その日はこの遊園地に連れてってくれるって言ってたから、ここで待ってたのに…」 

「そうだったんですか…」 

そう言うと、彼は私の隣に座った。 
私は、彼ではなく前を見ながら話しつづけた。 

「交通事故、だったの。 
親戚の人達は、遺産は欲しいみたいだけど、私はいらないみたいで…まだ、誰が引き取ってくれるかは決まってないの」 

「お父さんとお母さんが居なくなって、寂しいですか?」 

どきりとした。 
だって、私は… 
「違うの。二人とも、いつも仕事で、大切にはされてたけど、あまり話したことはなかった…だから、寂しいんじゃなくて、不安なの。 
これから、私は誰を大切にして、誰に大切にされて生きていけばいいのか、わからないから…私は、一人ぼっちになっちゃったのが、不安なの」 

私がそう言うと、彼の手が私の頭を撫でてきた。 

「別れは、いつかはやって来るものです。 
ですが、その分だけ出会いもあります。 
お嬢さんも、これから出会う人達の中で、また大切な人が出来ますよ。 
人は、こんなに沢山いるんですから」 

私達の前を、大勢の人達が通り過ぎていった。閉園時間だ。 

そうだ、人は、こんなに沢山いるんだ。 
私もいつかは、大切な人を見つけ出せるのかもしれない。 
それに…昔家出をしたお兄ちゃんにも、いつか会えるかもしれない。まだ一人ぼっちじゃないんだ。 

「ありがとう、お兄さん」 
私はそう言うと、人混みの中へと駆け出していった。 


「…ごめんね理香。一人ぼっちにして…酷い兄ちゃんで、本当にごめん」 
そう言って、仮面の男が透明になって消えていったのを、月だけが見ていた。




  







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