地下室の石畳の下で、死体になった私は眠っている。
日の光なんて届かないくらい、深い深い場所に私はいる。
私の身体がどうなっているのかはわからない。
ただ、剥き出しにされた感覚だけが私の死体の中に取り残されているのだと、何と無くそう思っている。
死体になった眠れる私は、夜ごと彼が来ると目覚める。
目覚めるといっても、動き出す訳ではない。
ただ私の感覚が目を覚ますだけのこと。
彼の足音が地下室に反響して、私を揺さ振り起こす。
ああ、今宵もまた
私になった奇麗な彼が踊り狂う。
「こんばんは、リーシャ」
男性としては高く、女性としては低い声。
これは、私と、彼の声。
子供のままで、止まってしまった私達の声。
「やっと、夢が叶うよ!首都の舞台のプリマドンナだ!ずっと、ずっと僕が、夢に見てきた!」
ああ、彼はやっと、夢に追いつけたのだ。
ずっと見続けてきた……一生、叶うことのなかった筈の夢に。
首都の舞台…国一番の舞台の主役。
小さな頃からそれに憧れてきて、誰よりもその座に相応しい彼。
小さな頃からそんなものに興味なんてこれっぽっちも無かったのに、両親に言われて目指してきた私。
「やっぱり僕だったんだ!相応しいのは、僕なんだよ……!」
大丈夫、言われなくてもわかっている。
「リーシャなんかより、僕の方が上手に踊れる!才能だってある!」
それだけじゃない。
私は、知っている……彼がいつも、この地下室で親の目を盗んで狩りの練習をさぼり、バレエの練習をしていたことを。
私の、他の女の子達の、何倍も何倍も練習していたことを。
それでも、いつも脚光を浴びるのは、私達女性だったということを。
彼の足が私の上を踏み付ける。
石畳の上のその足は、男女のものに分化していない、子供のそれのままで成長したようなものだ。
私と、同じ足。
「ねえ、それなのに、それなのになんで僕はリーシャになって踊るの」
私と同じ彼の顔が、歪む。
ああ、痛い。
「なんで……なんで僕はリーシャなの、なんで、僕はサーシャであっちゃいけないの」
ああ、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い。
彼の足が、重く、のしかかってきて、痛い、痛い。
そして、私の心も痛い。
父様も母様も、私が死んだことを、知らない。
彼の中で、舞台の上のサーシャが死んだことも、知らない。
「何回も、リーシャとサーシャを入れ替えたんだ……いつも脚光を浴びるのは、リーシャの方だけなんだ……」
父様も母様も生きていた私も、知らない。
彼の悲しみを、知らない。
死体になった私だけが、彼の懺悔を知っている。
「どっちも、僕なのにね」
そう言って、彼はウィッグを投げ捨てて、私を……リーシャをやめて、サーシャになった。
そしていつものように、サーシャの舞台が始まる。
「神様……ここでだけは、"僕が"踊ることを認めてください……」
そう言って踏み出す足も、暗い中で弧を描く指先も、私と同じものだった筈なのに。
違うのだと、これはリーシャではなくて、サーシャなのだと、彼の身体はそれを、私と彼に示す為に踊る。
笑いながら、激しく、優しく、そして悲しそうに、彼は踊り狂う。
ああ、なんて奇麗なんだろう……
男性らしさを感じさせないその肢体も、母親似のその中性的な顔も、
ある人から見ればとても奇異なんだろうけれど、
そして、私とひどく似通ったその姿にこんな風に思うこともおかしいのだろうけど、
踊り狂う彼は、とても、奇麗で……
「リーシャ、ごめん……ごめん、なさい……」
そして、踊り終えると静かに涙を流して崩れ落ちる彼は、
とても、愛おしい……
踊りはきっと彼の懺悔で、だから私が神様なら彼を愛してあげたいけど、悲しそうに踊るのはもうやめなさいと言いたいけれど
ああ、どうして私は、死体なのだろう。
「リーシャ……ごめんね、でも僕はきっとそろそろ、リーシャになれなくなるから……だから、それまでは、赦して……」
やはりそうなのか、と思った。
わかっている。いつか、限界が来るってことは。
人よりとりわけ成長と性徴の遅い私達……だけど、いつまでもそうあることなんてできない。
私はそれがひどく気に入らない。
ああ、気に入らない、気に入らない、気に入らない。
私の愛おしい彼は、どうして幸せになれないのだろう。
「きっとこれは罰なんだよ、僕が……リーシャの死を誰にも知らせないでいる事の……」
それがなんだというのか。
私は、愛おしい彼がこうして私の前だけで涙を流すことだけで十分幸せなのに……。
感覚を研ぎ澄まし、泣き腫らした彼の瞼を撫で、そのままその華奢な身体を抱きしめる。
彼は気付かない。
それでもこうしていると、彼の中へと溶け込んでいけるのではないかと思う。
溶け込めたら、いいのに。
いや、意識一つで溶け込めるのかもしれない。
そうすればもしかしたら――
彼を、幸せにしたい。
死体になってもいい、この世界から消えてしまってもいい。
だから、一つになりましょう。
全ての感覚を集中させ、彼の中へ、溶け込む感覚……
私は、やっと安らかな眠りにつけそうな気がする……大丈夫、彼の夢を終わらせたりなんかさせない……
愛しているから…だから、一つになりましょう。
世界的に有名なバレリーナがいた。
彼女は、どんなに歳をとっても性徴の起きない、まるで永遠の子供のようだった。
生涯、一人として恋人を持たない彼女を、人々はナルシストなのではないかと噂し、そして彼女はそれに"半分は正解"と答えたのだそうだ。
『世界はそれを見て見ぬフリしてまるで正常であるかのように回りつづける』
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気持悪いくらいに愛し合ってる双子書きたい!
というコンセプトで突発徹夜で書いたものです。うふふ変態。
一卵性かつ異性同士な双子です。ええっと、元は女性のDNAを持って生まれた双子のうち、
片方の性染色体に異常が起きて……え、説明厨巣に帰れ?マジスンマセン。
しかし考えれば考えるほど気持悪いなこれ!
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