「喧嘩は買取不可となっております」


…あれ、なんで…?



放課後の屋上

お決まりの告白スポット…


…の筈でした。



僕らの日常
  恋する乙女爆走武勇伝 ・伝われっつーか普通に気付けこの鈍感!・



小倉伊瀬、高校二年
彼女もまた、恋という魔物に青春を捧げる人間の一人なのでした。


「と、いう訳で。こ、告白…とかって…どこでするのがいいのかなぁ…と。」
「そうだねぇ…一般的なのは…放課後で、屋上とか…校舎裏とか…あんま目立たない所…だと思うけどなぁ…」
「ナルホド…」
「…ところで、あんた一体誰に告るわけよ!」
伊瀬は友人の言葉に少しムッとした表情を作った。
「…色気が無くて悪かったですねっ!どうせ武道の家元ですよー」
「いや…まぁそれもあるけど…そういうんじゃなくてさ、
 あんたの周りに…イイ男なんて、居たか?」
「美香ちゃんはちょっと理想が高すぎるんだよ、きっと。
 結構いい人は居ると思うんだけどなぁ…」
「…あんたの言ういい人と私の言ってるのとはなんか違う気がするんだけど…」
美香と呼ばれた少女は溜息混じりに言った。
「でも先輩、私達の学年は"アタリ年"だって言ってたんだけど…」
「へーぇ…」
美香はそれだけ言うと、品定めをするような目で教室内をざっと見まわした。
かなり目立つ、一人の男子生徒が目に付いた。
「…じゃあ…あそこで校長の演説の真似してるアホは…あれはアタリなのか…?
 しかも何でウケてるんだよ…。っつーかアイツ隣のクラスじゃないのか?」
「えーっと…古東君?」
「そうだよ。古東悠斗とかいう馬鹿殿。」
「馬鹿殿って…古東君はいい人だと思うんだけどなぁ…
 明るいし、賑やかで面白いけど、結構周りを気にしてくれるトコロもあるしね。
 あ、あと先輩達の間では結構人気なんだよ?」
伊瀬がなんでもないかのように言ったので、美香は少し驚いた。
「…あんた…アイツと去年も別のクラスだったよな…」
「そうだけど…どうかしたの?」
じゃあ、一回も同じクラスになった事の無い人間の良い所をこんなに沢山…
美香はそう言おうとしたが、やめておいた。

お人よしな伊瀬の事だ。なんかで勘違いしてるだけ…って事もありうるだろう。
大体、古東が周りに気を使う様な奴には見えないし…

「あ、そうだ。話戻すけど、その…普通はどうやって呼ぶの?て、手紙とか…?」
大体告白の仕方一つよく解ってないっていうのは青春人としてオカシイと思うのだが…
とは口にはせず、
「まあ、大体の人はそうだな。
 手紙とかを下駄箱にでも入れといたら、大体の奴はその時点で告白って気付く程定番だがな。」
と美香は答えた。
「へぇぇ…じゃ、下駄箱の中に"放課後裏庭に来てください。"とか書いた紙を入れる…のが定番なんだ。」
伊瀬が半分納得できない顔で言った。
「っつーか、あんた本当に誰に告るの?!変な人じゃないでしょうね…」
「うーん…成功したら…教えます。」
伊瀬は頬を少し赤らめて答えた。





「…これは…果たし状…なのか?」


"放課後に屋上にて待つ"

と墨で豪快に書かれている習字半紙が、とある男子の下駄箱に入っていた。


「喧嘩…か…久しくやっていないんだがな…」
という独り言の後、少年は教室へ歩き出した。

教室には、すでに来ている生徒が二、三人居た。
「おはよう、久我君。」
一番に少年に挨拶をしてきたのは小倉伊瀬…風紀委員会の書記だった。
「ああ、おはよう。」
久我と呼ばれた少年も、すこしつっけんどんに挨拶を返した。
少し様子の違う久我に気付いた伊瀬は
「何か…あったの?」
とすぐに訊いた。
「…今日の放課後、屋上で喧嘩だ。」
苛立った声で久我は答えた。
「多分相手は、風紀委員の取り締まりに腹を立てたツッパリ共…だろうな。」
「…私も行こっか?副委員長だけじゃ、なんか頼りない気が…」
本気で心配した顔で、伊瀬が言った。
久我は
「…いや、こう見えて結構喧嘩には馴れてるよ。大丈夫だ。」
と言ったが、
…第一、喧嘩に女子連れて行くのはおかしいだろう。
とまでは言わなかった。

「本当?…じゃあ、気をつけてね。ツッパリの人達、結構大人数居るし。」
そう言って、伊瀬は教室から出て行った。

「…どうも、女子は苦手だ。…まぁ小倉は良い方だが。」
伊瀬が居なくなった教室で、久我は頭を抱えながら呟いた。
教室の生徒数はだんだんと増えてきていた。
いきなり、凄まじい勢いで教室のドアが開いた。
「おい!徒弥ぁぁあ!!!」
一人の少年が、叫びながら教室へ入ってきた。

…朝から、本当に今日はついてない…

久我徒弥は、そう思いながら、溜息をついた。
「…何の用だ。悠斗。
 言っても無駄だと思うが、他クラスには立ち入り禁止だ。
 あと大声で叫ぶのは止めろ。他の生徒と俺に、もの凄く迷惑がかかる。」
「そんな事どうでもいい!」
悠斗と呼ばれた少年は、憤慨しているのか興奮しているのか、どっちともつかない表情で吠えながら近づいてきた。
「どうでもって…風紀委員会副委員長に対する挑戦か?」
徒弥の言葉を無視して、悠斗は机を叩いた。
そして、叫んだ。
「喧嘩すんだろ?!連れてけ!」


少しの沈黙の後、徒弥が口を開いた。
「…小倉か。」
「そうだ!小倉から吐かせた!」
「吐かせたって…お前は刑事か。
 つまり、無理矢理言わせたんだろ。」
呆れている徒弥にお構いなく、悠斗は熱弁を続けた。
「そうだ。お前!人の親切はちゃんと受け取れよ!
 小倉、すっげー心配してたぞ!」
「…喧嘩に、か弱い女子を連れて行けと?」
「………」
悠斗は呆然とした表情になって黙り込んだ。
「はぁ…なんでその事を第一に考えないんだ。
 お前からも小倉に言っとけ。俺はそんな弱くない。」
と疲れた調子で徒弥は言った。
「わかった。俺もついてくから心配すんなって言っとく。」
「お前も要らない。第一、お前は俺に勝てた事無いだろ。
 そんな奴は連れて行っても邪魔なだけだ。」
徒弥の冷徹なツッコミに、悠斗は反論出来なかった。
「…わかったよ。相変わらずキツいなーお前は。」
「そうか。とりあえずお前もう教室に帰れ。
 …とっくに鐘鳴ってるぞ。」
「うお!マジで?!」
ドタドタと騒音を立てて、悠斗は教室へ帰っていった。

「…全く、なんで俺の周りにはこう…お節介と言うか、そんな奴ばっかりなんだ…。」
と徒弥が呟いていた時
教室へ帰った悠斗は、自分の机の上に突っ伏しながら
「…アイツに小倉はもったいねーな…」
と呟いていた。



「伊瀬!あんた、本当に今日告白すんの?!」
美香が半分心配そうに、もう半分は信じられない、といった顔で聞いてきた。
「うん…放課後に…屋上で…」
そこまで言って、伊瀬はハッと思い出した。
「そういえば!今日放課後の屋上って…ツッパリの人達が久我君と喧嘩するんだ!」
「はぁぁあ?!」
美香は叫んだ。
「あんた、ちょ、どうすんのよそれ!」
「…どうしよっかなぁ。」
伊瀬はあまり困っているようには見えなかった。
「…まさか、あんた…」
「まぁ、なんとかなるよね!」

青ざめて何かを聞こうとした美香の言葉は、伊瀬の笑顔にかき消された。



放課後の屋上に、大勢のツッパリが集まっていた。
その学校はなにぶん、田舎の学校であるので一昔前の典型的なツッパリ―――リーゼントやらなにやらが沢山居た。
そんな彼等は勿論、風紀委員会のブラックリストに載っている。

彼らは今日、色々と五月蝿い風紀委員会の委員長…は日本一怖いということで有名なので、
ひ弱に見える副委員長を放課後に呼び出して見せしめにしようと考えていた。

そろそろ来るだろう。
そう思って、彼らは武器―――木刀や自慢の拳を準備してドアの前で待ち伏せしていた。

階段を上ってくる足音が聞こえた。
彼らは標的がドアを開けた瞬間にリンチできるような体勢をとった。


ドアの取っ手が動いた。
ツッパリ達は、雄叫びを上げ、一斉にドアの中へ殴りこんだ。

次の瞬間、殆どのツッパリが、地面に倒れていた。
残っていたのは、フェンスの近くに居た一人だけだった。


「誰だ!?」
ツッパリ達のボス格である男、久遠龍生は屋上の一番端で見物をしていたが驚いてドアの方へ叫んだ。

ドアの奥から、竹刀を手にした一人の女子生徒が出てきた。
彼女は久遠の方へ目を向け、いたって普通の声で
「二年六組、小倉伊瀬と申します。」
と言った。


「…小倉……?」
久遠は眉を顰めた。
「ええと…あ、風紀委員会書記です。以後よろしくお願いします。」
伊瀬は何故か丁寧に挨拶したが、久遠が聞きたかったのはそれではなかった。
久遠は伊瀬の挨拶を無視して、何かを思い出そうとしていた。

「…小倉…小倉…まさかお前…小倉双貴大先輩の…!!!」
「あ、兄上のお知り合いでしたか。」

軽く言った伊瀬の一言に、久遠は愕然とした。

小倉双貴…二年前までツッパリでもなく、風紀委員でもなく、一般生徒(剣道部員)としてこの学校に存在した人物だった。
この学校では、最強の名を持つ者は大抵、ツッパリか風紀委員なのだが
その男は一般生徒で唯一、最強の名を持っていた男だった。
一般生徒であったが故に、ツッパリと風紀委員のどちらからも慕われ、そしてある時には畏怖の念を向けられていた男…


あの御方に…妹なんていたのか…。


久遠の頭の中に、小倉双貴と初めて会った時の出来事が甦った。
彼がどこからともなく、颯爽と現れて風紀委員と久遠の喧嘩の仲裁に入った時
久遠は、彼には敵わないと一瞬で悟った。


あの時の感覚と、同じだった。


小倉双貴と伊瀬は、とてもよく似ていた。
真っ直ぐで力強い黒髪、清水の様な視線…そして軽やかなのにどこか威厳のある佇まい…
何から何まで、そっくりだった。


久遠は屋上のフェンスに寄り掛からせていた体を起こし、頭を下げた。
そして、あの時と同じように言った。
「舎弟にしてください!!!!」

「…へ?」

伊瀬の反応は、二年前の小倉双貴がしたそれと、同じものだった。
そして屋上は少しの間、沈黙に包まれた。






「全く…なんでこんな日に限って日直の仕事が多いんだ…!!!」

中央廊下で、徒弥は苛立ちながら早足で屋上へと向かっていた。


屋上への階段に着いた時、徒弥は屋上の方から声がするのに気がついた。

…女子の…声?
まさか…小倉?
アイツ…まさか勝手に…っ?!

そう思った徒弥の足は、勝手に走り出していた。



「そうだ!舎弟なんたらより、この場所使いたいんですけど…。」
突然、一番大切な事を思い出した伊瀬が言った。

久遠はその時、自分が果たし状を久我の下駄箱に入れる前に既に入っていた、一つの手紙を思い出した。
その手紙の差出し人の名前は確か…

「…あの野郎に、告白…っすか?」
半分信じられない、といった顔で久遠は言った。

驚いた伊瀬は、かなり動揺して
「な、なな何で知ってるんですかぁ?!」
と叫んだ。

次の瞬間に、屋上のドアは、豪快な音を立てて開けられた。

「だ、誰だぁっ!!!」
大きな音でビックリした伊瀬は、竹刀をドアの方へ向けて叫んだ。

ドアのところで、見慣れた顔がひどく驚いていた。


「…小倉?」
徒弥が屋上のドアの向こうに見たのは
気を失ったツッパリの山
その上で竹刀をこちらへ向けている同じクラスの女子…
そして、その女子の前で頭を下げている、ツッパリ達のボス格である男…

…徒弥には、何が起こっているのか、全く理解出来なかった。


とりあえず、もうこの場を去ってしまおう。
徒弥が思ったのは、それ一つだった。


「我が風紀委員会では」


「喧嘩は買い取り不可となっております」




久我徒弥はそれだけ言って、屋上から去っていった。






放心状態の伊瀬は呟いた。
「…何で?」


「…ちゃんと…下駄箱に手紙入れといたのに…
 なんで私が告白する為にツッパリの人達倒したって…思わないの?」

「…すんません…」
いきなり、久遠が謝ってきた。
伊瀬は驚いて久遠の方を見て言った。
「…まさか、久我君の下駄箱に果たし状入れるときに…」


「捨てました…手紙…」
久遠は、本当に申し訳なさそうにそう言った。








「で、結局あんたが手に入れたのは彼氏じゃなくて…」
「…総勢20人以上の舎弟ですー。」

数日後、美香は告白に失敗した伊瀬を慰めていた。

「まぁ、ツッパリの仲間だって誤解されなかっただけいいじゃん。」
と美香は言った。

その後、久遠達ツッパリは伊瀬の舎弟となり、校則を守るようになった。
そのお陰で、伊瀬がツッパリ集団の仲間であったという誤解も無かったのだが。

「でも…告白は…出来なかった…もうお終いだ…
 しかも好きな人に…竹刀振り回してるの見られた…」

「…まぁ、ドンマイだ。
 頑張って再トライでもしてみれば?」
と、美香が何気なく言った言葉に

「が、頑張ります…」
伊瀬は生気が抜けた声で答えた。





「で、結局小倉になんとかしてもらったんじゃんかよー」
「…五月蝿い。結果的にそうなっただけだ。
 そもそも、あんなに沢山日直の仕事があったから…!!」

数日後、徒弥の苛立ちは割とおさまっていた。

「っつーか、お前小倉が武道の家元って、知らなかったのかよ?!」
と悠斗が訊いた。
「…小倉が俺には隠してたのか知らないが…初耳なんだ…」
ショックを隠せない顔で徒弥が呟いた。

「で、お前小倉にお礼言ったのかー?」
「…ショックがでかすぎて…未だに言えていない…」
「お前っ…!!小倉が可哀想だろ!!!お前の為に戦ってくれたのに…!!!!」
悠斗が憤慨して言った。

「…近々、言いに行く。…ショックがおさまったら…だが。」
徒弥は生気のない声で言った。


始業の鐘が鳴って、悠斗は自分の教室に戻った。
そして数日前と同じように、自分の机の上に突っ伏しながら
「…アイツ、マジで気付いてないのか…?
 鈍すぎだ…俺がこれだけヒント与えてんのに…
 小倉が…可哀想すぎるだろ。」
と呟いていた。





数日後、伊瀬は再び告白のチャンスを逃した。
徒弥がお礼を言いに来た時だった。

「伊瀬!あんたどこの阿呆よ!!」
そんな大チャンス逃すなんて信じられない、と美香は言った。

「あ、でもね、一緒に帰ることになったよ。」
嬉しそうな顔で言った伊瀬に、美香はつっこんだ。
「友達として、でしょ。」
「…はい、そうです…。
 お礼言いに来てくれた時に、なんか仲良くなれたんです…。なんでだろ。
 何話したか、さっぱり覚えてないんだけど…。」
伊瀬は少し困った表情をして答えた。
美香のツッコミは更に続く。
「しかもあんたの舎弟何人かと古東の馬鹿殿も一緒…なんでしょ。」
「あ、美香ちゃんも一緒に帰る?」
唐突な伊瀬の提案に美香は驚いた。
「…何で?」
「だってさ、今のメンバーに柔道部エースの美香ちゃんが揃えば最強だよ!」
嬉々とした表情でそう言った伊瀬に、美香は少し呆れて
「…あんたは何がやりたいのよ。」
とつっこんだ。
しかし輝かしい笑顔で
「じゃあ、そういう事で!
 帰りが楽しみになったねー。」
と言った伊瀬に、美香は言葉を見つけることが出来なかった。

…まぁ、あんたがそれでいいんなら、なんも言わないよ…。